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大阪高等裁判所 昭和57年(う)1277号 判決 1983年1月20日

本籍

愛媛県西条市神拝甲三六八番地の二

住居

大阪府枚方市牧野本町一丁目二〇番一七号

歯科医師

宮崎洋

昭和一二年二月三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五七年六月一〇日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 竹内陸郎 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人豊島時夫作成の控訴趣意書及び同補充書各記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官竹内陸郎作成の答弁書及び同補充書各記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、量刑不当を主張するのであるが、所論に鑑み、記録を精査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、本件犯行の動機には特に斟酌すべき点はなく、その態様も、三期にわたり、所得を仮名で預金したり、名を秘して純金地金を購入しその一部を自宅以外に保管したりして所得を秘匿し、合計六八七五万余円もの税金をほ脱し、正当な所得に対するほ脱率も約八四パーセントと高率であり、しかも被告人は、歯科医師という社会的地位にありながら右の如き犯行に及んだものであって、犯情は悪質であり、近時医師、歯科医師による高額の脱税が多く、これによって一般国民の納税意欲が阻害されていることをもあわせ考えると、被告人の刑責は軽視できない。所論は、本件の量刑は、懲役刑の刑期の点においても、又罰金額の点においても、同種の事案の量刑に比して重きに過ぎると主張し、その原因は、検察官が、ほ脱額の約三割相当額を罰金刑として求刑すべきところ、誤って正当税額の約三割相当額を求刑し、裁判官は求刑額の八割を罰金額としたため、同種事案の罰金率(罰金額をほ脱税で割ったもの)が約一九パーセントであるのに、本件のそれが約二九パーセントもの高率になったと推認され、懲役刑も同様の原因で重くなったと主張するところ、なるほど、本件の量刑は、ほ脱額のみを基準とする限りやや重いが、本件における前記犯情等をもあわせ考えると、被告人がこれまで数々の社会奉仕をして来たことなどを考慮しても、本件の量刑が是正しなければならないほど不当に重いものとはとうていいうことができないから、検察官の求刑が誤っているとの所論は採用できない。論旨は理由がない。

なお、職権をもって調査するに、原判決は、法令の適用において、被告人の原判示各所為は、「いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては、改正後の所得税法二三八条一項に、各該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条によりいずれについても軽い行為時法の刑によることとし」としているが、右昭和五六年法律第五四号の附則第五条によれば、同「法律の施行前にしたこれらの規定(本件では所得税法二三八条一項)の違反行為については、なお従前の例による」とされているところ、右の規定は、新法施行前の行為に対する罰則の適用については、刑の変更があっても刑法六条の適用を排除して常に行為時法たる旧法の規定によるべきことを規定した趣旨であると解するのが相当であるから、右改正前の所得税法二三八条一項の刑によるについては、刑法六条でなく右附則五条を挙示すべきであり、この点原判決は法令の適用を誤っているが、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。

よって、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角敬 裁判官 内匠和彦 裁判官 石塚章夫)

○ 昭和五七年(う)第一二七七号

被告人 宮崎洋

右の者に対する所得税法違反被告事件につき弁護人の差出す控訴趣意書は別紙のとおりであります。

昭和五七年一〇月二五日

右被告人弁護人弁護士 豊島時夫

大阪高等裁判所刑事第一部

御中

控訴趣意書

一 原判決は、その量刑重きに失し不当であり、到底破棄を免れないと思料する。

原判決は認定した脱税総額は六八、七五一、七〇〇円に過ぎないにもかかわらず、被告人を懲役一年二月及び罰金二、〇〇〇万円に処しているところ、右量刑は他の同種事犯の量刑に比し著しく過酷であり、失当というほかはない。

よって適正なる判決を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

二 理由等の詳細は、目下大阪高等裁判所管内の同種事犯の量刑を集計中であるため、その結果をまち、補充書において開陳する予定である。

以上

○ 昭和五七年(う)第一二七七号

被告人 宮崎洋

右の者にかかる所得税法違反事件について、先に提出した控訴趣意書の内容を別紙控訴趣意書補充書のとおり補充する。

昭和五七年一一月二日

右被告人弁護人弁護士 豊島時夫

大阪高等裁判所第一刑事部

御中

控訴趣意書補充書

原判決は、検察官の控訴事実どおりの事実を認定した上、検察官の懲役一年二月及び罰金二、五〇〇万円の求刑に対し、「懲役一年二月(但し執行猶予三年)及び罰金二、〇〇〇万円に処する。」旨の判決を言い渡した。

しかしながら、原判決の右量刑は他の同種事犯の量刑に比し著しく過酷であって、不当というほかはない。

以下その理由を開陳する。

一 ほ脱所得税額について

原判決が認定したほ脱所得税額は

昭和五三年分 二、〇九八万八、〇〇〇円

同 五四年分 二、四九七万四、八〇〇円

同 五五年分 二、二七八万八、九〇〇円

合計 六、八七五万一、七〇〇円

である。

合計 六、八七五万一、七〇〇円

である。

二 ところで、大阪高等裁判所管内の裁判所において昭和五三年一月から同五五年一二月までの間に言い渡された所得税法違反事件について国税庁発行の税務訴訟資料により、その量刑を調査した結果は別添「所得税法違反事件量刑一覧表」のとおりである(この点は控訴審において立証する。なお、同五六年一月以降の資料は未発行)。

右一覧表によつて量刑を見ると

懲役刑については、本件被告人に対する一年二月を超えるものは、

番号23の脱税額一億三、一五三万二、六〇〇円の事件

番号24の脱税額一億五、五七四万七、二〇〇円の事件

番号30の脱税額一億一、七四八万五、七〇〇円の件

という脱税額において本件事犯の約二倍あるいは更にこれを超える事件のみであって、脱税額において本件事犯を超える番号22・25・26・27・29の各事件においてすら、その量刑はいずれも本件事犯よりも軽いことが明らかである。

次に罰金刑については、本件は脱税額六、八七五万一、七〇〇円に対し罰金二、〇〇〇万円であるから、脱税額に対する罰金の割合いは約二九パーセントであるところ、右一覧表によると、その平均率は約一九パーセントに過ぎない。

したがって、単純に脱税額を基準として他の同種事犯と対比してみても、いかに原判決の量刑が、懲役刑においても罰金刑においても過酷に失し不当であるかが明らかである。

三 原判決の量刑がこのように過酷に失した原因としては次のようなことが一応考えられる。

すなわち、原判決も摘示するように、被告人の各年度の正当所得税額は

昭和五三年分 二、四七七万四、六〇〇円

同 五四年分 二、九六四万一、四〇〇円

同 五五年分 二、七四五万八、三〇〇円

合計 八、一八七万四、三〇〇円

であるところ、被告人は自己の名義で申告していなかったため一応無申告ということとなっている。

ところで罰金についての求刑は、脱税額の一応三割が原則として適用されていることは公知の事実であり、罰金についての求刑の基礎を正当税額である右八、一八七万四、三〇〇円に求めると、その三割は二、四五六万二、二九〇円となり、検察官の求刑額二、五〇〇万円にほぼ符合する。

したがって、検察官は脱税額の約三割相当額を罰金刑として求刑すべきところを、誤って正当税額の約三割相当額としたのではないか、裁判官は通常の量刑である求刑額の八割を罰金刑としたのではないかと推認される。

このことは懲役刑の量定についても同様と思料される。

四 しかしながら、量刑の基礎となるのは正当脱額ではなく脱税額であることには勿論であるから、本件についても特段の事情のない限り、脱税額を基礎として刑を量定すべきものである。

ところで、被告人は自己名義で所得税の確定申告書を提出せず、妻名義で申告していたのであるが、このことが被告人に不利な情状となり得るであろうか。断じてなり得ないと信ずる。

原審に顕われている証拠で明らかなように、被告人が妻名義で申告していたのは、被告人が歯科医を開業当時、大学の常勤講師であったために過ぎず、被告人の妻も歯科医の免許を受けているところから、被告人が大学の常勤講師を辞した後も名義を変更しなくとも格別の不都合はなく、一方名義を変更するのには種々の手続きを必要として厄介であるところから、ついずるずると妻名義の医業を続け、ひいて所得税の申告も妻名義で続けていたというに過ぎない。

被告人名義で申告するより被告人の妻名義で申告する方が、被告人又はその家族にとって、税法あるいはその他の面において有利であるというのであればともかく、そのような点は全くないのであるから、被告人が妻名義で所得税の申告をしていた事実をもって被告人に不利な情状とすることは相当でない。

このことは、被告人の顧問税理士から、かつて名義を変更した方がよいと勧告されたが、その勧告を早く実行に移さなかった事実があっても左右されるものではない。

なぜならば、被告人が右勧告に直ちに従わなかったのは、従わないことが被告人らに何らかの利益を生ずるからではなく手続きを面倒くさがっただけに過ぎないからである。

何らかの利益を求めるために名義の変更をしなかったのではなく、単に面倒ぐさいからそのままにしていたということは格別社会的に非難されるべき筋合いのものではないから、これをもって被告人に不利益な情状とすることは相当でない。

五 更に被告人は、原審における弁論要旨記載のとおりこれまで数々の社会奉仕に尽くしてきた上、現在及び将来も社会奉仕を続けようとしているなど通常の脱税事犯の被告人にはみられない特段の有利な情状も存するのであって、他の同種事犯の量刑よりも軽くするのが事犯に適した処遇であると信ずる。

六 以上各理由により原判決の刑の量定は重きに失し不当であるから原判決を破棄し、適正な判決をお願いする次第であります。

所得税法違反事件量刑一覧表

<省略>

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